品川神社の境内社になります。
御嶽神社。御祭神は国常立尊、大己貴命、少彦名命。
手前は『御嶽神社改築記念碑』。奥の『天地開闢大日本大社廻』の碑には勝安芳(勝海舟)とありました。
『覚明霊神・普寛霊神・一心霊神』が刻まれています。品川三笠山元講によるもの。
『八海山国狹槌大神・御嶽山国常立大神・三笠山豊斟淳大神』正四位山岡鐵太郎謹書。
こちらは阿那稲荷神社です。
上社は天の恵みの霊、下社は地の恵みの霊・霊泉が祀られています。
上社。
下社・清滝弁財天社に向います。
下社には一粒萬倍の泉があり、大国主恵比須神社、八百萬神社、天王白龍弁財天社も祀られています。
続きまして富士塚です。明治2年に馬込村から移した富士塚。
品川神社の富士塚は正面の石段途中から入れます。
入口には足神様・猿田彦神社があります。
さて、登山です♪
一合目。
二合目。
御胎内。
三合目。
丸嘉講。富士塚は様々なアイテムがあって面白いですよね。
四合目。
五合目。
六合目。
さすが有名な富士塚。高山病で写真もブレまくりです。
七合目。
寒緑松本先生之碑。
八合目。
九合目。
登頂成功!!
って頂上が何か現代的ですね(笑)
小御嶽の祠。
頂上はとても広く、景色も抜群。
昔はすぐそこに海が見えたんだろうなぁ。
下山道は登山道と逆の別ルート。
アイテムの石碑を見ながらゆっくり下山。
無事下山してきました。
ってことで待ち構えていたのは『ぶじかえる』!駄洒落のおかげでどっと疲れが出ます。
富士塚と山開きについて。
『富士塚は、富士信仰の集団、富士講の人々が、富士山の遥拝場所として、あるいは実際に富士山への登山ができない講員のために造った築山である。品川神社の富士塚は、明治2年(1869)、北品川宿の丸嘉講社の講中300人によって造られた。神仏分離政策で一時破壊されたが、明治5年に再築し、大正11年(1922)第一京浜国道建設の時現在地に移築された。江戸後期に盛んだった民間信仰を知る上で、たいせつな文化財である。』
『毎年7月1日に近い日曜日に、講員一同が白装束で浅間神社神前で「拝み」を行う。その後、はだしで富士塚に登り、山頂の遥拝所や小御嶽の祠でも「拝み」をして下山し、社殿にもどってから平服に着替える。かつては盛んだった行事であるが、現在も行っている富士講はたいへん少ない。』
最後に浅間神社です。
石燈籠は品川区指定有形文化財。
狛犬。