サッソネロ。築100年以上の蔵を改造したお店。
蔵よし。
居酒屋気分の店お食事のヒサ久・男の談話室(閉店)。
かぐじ広場へ。
かぐじ広場。
公衆トイレ・四阿(東屋)・せせらぎ等が配置されているほか、恋よされモニュメントを設置し、市民の憩い・待ち合わせの場所として利用されています。
恋よされモニュメント。
恋よされ…『黒石よされは、藩政時代から盛んになったといわれ、豊作で楽しいときは「仕事をよして楽しみなされ」、凶作のときは「このような世の中は去れ」という意味から呼ばれるようになったといわれています。また、盆踊りの男女の恋の掛け合い唄であったともいわれていることから、二人の男女がここを訪れると、恋がかなうように願いを込めて建立したものです。平成16年8月』
黒石ゆかりの四大作曲家歌碑顕彰碑。
右から明本京静。山田栄一。上原げんと。上原賢六。
横町の通り。
Kボッコ(株)。
ボッコ靴。昔から東北地方・北海道などで雪上作業用靴として履かれてきた生ゴム100%の保温に優れた靴。
三上呉服店&小山精肉店。
中華料理福寿園。昭和36年創業。
長崎家が変わり果てていました。
営業していた頃の長崎家(昭和9年創業・平成23年閉店)。
こみせ通りに貼ってあった写真。
この辺り(黒石市市ノ町)かな。旧大黒デパート向かいの並び。
写真をよく見ると「コクヨ看板」の後ろに「資生堂石鹸?」「○○化粧品タカヤ」とあります。左手前の中華そばの店が「すえひろ」か「まんぷくや」という店だったみたい。理容の看板の建物(ミヤチカ?)あたりが現在の旧パチンコ屋サカエ会館っぽい。
タカヤの名前が残っていました。
でも他は全然わかりません(笑)
土地勘がない地域での「跡地」探しは難しいですね。
でも跡地ではない「あとち」歯科は見つけることができました。
甲徳兵衛町方面へ。
鉄満堂という新しいラーメン屋ができていました。
味噌専門のようで、メニューにも個性的なラーメンが揃っていました。何より店員さんたちの元気で明るい接客がとても印象的でした。写真は香みそラーメン(¥700)。
たいやき藻川屋(昭和35年創業・平成22年閉店)。
甲徳兵衛町。
人気店のラーメン店大将(創業40年以上)。
ちなみに写真は一昔前の大将。
リスボン菓子店。
上町付近。
須藤冷菓店 (ストキャン)。
人気の中華そば店やまや。
おばあちゃんの店。
黒石駅。
生活協同組合コープあおもり黒石店での定番のポテト。
レトロなすごう食堂(大正元年創業)。
金平成園。別名澤成園。「万民に金が行きわたり、平和な世の中になるように」ということから「金平成園」と名付けられるも、加藤家の家業でもあった酒造業の初代屋号である「澤屋成之助」から「澤成園」とも呼ばれました。
大石武学流の庭園の一つ。加藤宇兵衛の求めに応じて、明治15年に第3代の高橋亭山が作庭に着手。その弟子である小幡亭樹、池田亭月などの作庭家に引き継がれた後、明治35年に完成。史跡名勝天然記念物に指定。
成田鍛冶屋。
黒石市の昔の写真。
黒石神社(大正4年)。
元町町並み。
上町町並み。
横町通り(昭和7年。)向こうに見えるのは前町・中町の十文字。
元町の造り酒屋(大正元年・佐藤清十郎酒造店)。
黒石停車場(大正2年・通称乙徳兵衛町円覚寺裏)。
黒石尋常小学校(大正4年・内町)。
南津軽郡役所と黒石町役場余影(昭和30年代・旧郡役所が左、右が消防署になった旧町役場庁舎)。
黒石商工会議所。
中町大通り(明治44年7月・藩祖250年祭、開町250年祭)。
松井半六商店(昭和7年・横町)。
マルチ薬局。
中村亀吉酒造店(昭和8年)。
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『旧黒石城趾』