かつての上十三村。貞享4年検地水帳によりますと、常是院抱えの八幡堂社がみえますが当神社との関連は不明。
上十川八幡宮の御本尊は大杉村大字徳妻子村(現青森市浪岡大字徳才子)に所属
していたそう。
御本尊と境内が失われた後、十川村の岩間彌五兵衛の親に度々枕神が立つことから、天和元年に彌五兵衛が徳妻子に出向き、境内があったと思われる場所から石仏一体を発見。
天和元年(1681)、十川村に社壇を建立し石仏を祀ったと伝えます。
元禄9年(1696)、千葉孫平衛が木造を寄進して石仏と共に安置して以来は、地元の住民が上十川八幡宮として祀っているそう。
県無形民俗文化財である上十川獅子踊は、旧暦4月8日に長谷沢神社で行われる獅子起しから、旧暦8月15日に上十川八幡宮で行われる獅子納めの期間中、上十川地区において踊られているそうです。
立派な注連縄。
本殿。
身代地蔵尊と不明の祠。
昔は上十川八幡宮から長谷沢神社社務所の前辺りはかなりの急坂であり、荷車などで通行する際に登り切れず、途中で落ちていくなどの事故が多発し、亡くなる方も多かったそうです。その供養と関係しているのかも知れません。
庚申塔と百万遍。