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Channel: くぐる鳥居は鬼ばかり
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十和田様 (つがる市豊富町)

袴形池と繋がっている沼。袴形池の西に位置します。地元の方のお話しによると、この池は十和田様と呼ばれており、沼の畔の祠に祀られております。鳥居から急な山道を下っていくと小屋があり、その中に小祠がありました。状態こそあまり良くありませんが、誰も来なそうな山奥にひっそりと鎮座する祠を前にして、十和田信仰の篤さを感じます。ブログ村ランキング参加中

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七面大明神 (つがる市車力町)

町の中心の小高い山の上に鎮座しています。七面山に見立てているのでしょうか。元々は鳥居もあったんでしょうね。入口付近にある南無妙法蓮華経を刻む碑(大正9年)。七面大明神(七面天女)は法華経の護法神。五所川原以北の新田地帯では日蓮宗寺院に関連し、七面様の信仰が色濃く残っているため珍しくはありません。是非とも七面様を拝みたかったけど、がっつり施錠されていたのが残念です。境内にあった石と木です。根元が凄いこ...

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出世稲荷神社(ねこ稲荷) ・ うしとら稲荷神社 (福島市)

長楽寺(上杉氏の重臣・本庄氏の菩提寺)の西、北町中川裏通り。小高い場所に鎮座。もしかして土塁跡なのかな。三の丸の鎮護、福島城の北東(鬼門)の守り神として祀られたうしとら稲荷(丑寅稲荷)。通称出世稲荷(ねこ稲荷)。下は観光マップの写真。鳥居が変わっていました。社殿内には猫がいっぱいいます。江戸時代から明治にかけて信達(信夫・伊達両郡)地方の養蚕は大変盛んで、豊田町の東の若葉通から阿武隈川の川岸にかけ多...

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井戸沢稲荷神社 (平川市切明上井戸)

102号線から集落に入り、突き当りの消防屯所裏手に鎮座。井戸沢の地名は沢頭が深く陥没して井戸状をなす地形に由来。御祭神は豊受姫神。例祭日は7月10日。延暦年間(782-806)、坂上田村麻呂将軍が東夷征伐の際に、八甲田岳へ進軍。途中で道に迷い、山の神に祈願したところ、山を出ることができ、その際に当社を建立したとの伝説を残します。元治2年(1865)奉納の絵馬を残します。境内にあった石。石燈籠か狛犬の...

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大山祇神社 ・ 切明神社 (平川市切明)

いわなの村へ向かう途中、切明温泉を過ぎた場所に平川市消防団第10分団第1部の建物があり、その裏手から橋を渡って行きます。一之鳥居。一之鳥居と村の景色。山中に鎮座しています。木々に囲まれた参道。最初に見えてきた建物は御神馬の祠と鬼子母神堂です。ユニークな表情です。鬼子母神堂。日蓮宗との関わりを感じさせます。鬼子母神堂裏手には水が流れています。物凄い速さで小さな動物が私の足元を通り過ぎていきました。鬼子...

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神原稲荷神社 (五所川原市金木町)

神原の稲荷神社。道路沿いから階段を下りて行くと境内です。階段を降りて右に行けば稲荷神社。間違いなく稲荷神社!(笑)御祭神は宇迦之御魂神。創建及び由緒は不明ですが、商家が家業の神として祀っているそうです。稲荷神社の横には保食神社があります。保食神社社殿内。小祠が2つありました。馬頭観世音が祀られています。奉納馬(昭和48年9月17日)。階段を上って…道路沿いにある甲子塔・百万遍など。地蔵堂。ブログ村ラ...

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神原之渡し ・ 仁太坊誕生150周年記念碑 (五所川原市金木町神原)

神原村は金木新田18村の内の1村で元禄11年頃に成立した村。元は蒲原と書きました。これは方言で蒲原(ガヅキ原)と呼ばれ、水草のマコモのこと。蒲はガマに由来。つまりマコモ・ガマが生育していた地域だと考えられ、後に「神が授けた原野」もしくは「被る原=涵原(水につかる原)」から神原になったという説があります。集落ははじめ金木川付近にありましたが宝永3年の大洪水後に現在地に移転。享保14年3月の大雨・洪水に...

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平塚神社 ・ 平塚城趾 (東京都北区上中里)

元永年中創建。御祭神は八幡太郎源義家命、賀茂次郎源義綱命、新羅三郎源義光命。参道。清光寺と同じく中世の豪族・豊島氏に縁のある地、かつては豊島氏の館があり、源義家が奥州征伐から凱旋した際に滞在し、その礼に鎧と十一面観音像を譲ったと伝えます。境内の裏手にはその鎧を埋めたと伝える甲冑塚があり、また、北区指定有形文化財の「紙本著色平塚明神并別当城官寺縁起絵巻」、古文書「平塚神社文書」を所蔵。※非公開平塚城の...

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芦萢稲荷神社 ・ 不動宮 ・ 不動瀧 / 蓬平のイチイ (鯵ケ沢町芦萢町)

芦萢村、または芦屋村とも称されていた村。菅江真澄も宿(一本杉)をとっており、雪のもろ滝にも外浜奇勝にも書かれています。御祭神は宇迦之御魂神。元々は不動明王堂と稲荷宮が一緒になっていたようです。万治元年(1658)建立もしくは再建、その後村中経営と伝えます。神仏分離によって不動明王堂は廃社となり、稲荷神社になります。以来、村中にて五穀豊穣を願って維持・管理。明治5年に中村久須志神社に合祀するも後に復社...

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長坂神社 (弘前市下湯口)

かなりわかりにくい場所にあるので説明します。鎮座地は弘前市下湯口扇田で、弘前市悪戸芦野と弘前市湯口一ノ下り山に挟まれた場所にあります。ルートはいくつかあるのですが、私はアップルロード沿いにある「JAつがる弘前河東地区りんご施設」の丁字路から農道を通って栩内川を目指しました。栩内川を渡る橋の手前になります。車だとすぐ着きますが、配水タンクから先の道は軽自動車でもすれ違うことのできない道幅になるので注意...

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名主の滝公園 (東京都北区岸町)

江戸時代に王子村の名主畑野孫八が自邸に開いた江戸情趣豊かな庭園。嘉永3(1850)年の安藤広重の『絵本江戸土産』に「十条の里男滝女滝あり」があります。庭園として整備されたのは明治中頃で、昭和13年からは精養軒が行楽地として大浴場、食堂、プール、ボート池、茶室などを設備して営業。昭和20年に空襲で焼失。昭和35年に再開されているそうです。地形をうまく利用した回遊式の庭園と男滝、女滝、独鈷の滝、湧玉の滝...

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洗磯崎神社 (つがる市木造濁川)

中野林村(中の林・現在は濁川の一部)の洗磯崎神社(社殿修繕中)です。宝永元年(1704)社堂境内記によりますと薬師堂があります。かつては薬師堂であったことがわかります。貞享2年(1685)建立。寛政6年(1794)に村中安全・五穀豊穣を祈願して村中にて再建(棟札あり)。明治3年に下中舘・中野林の両村にて仏身本上納、洗磯崎神社に改称。観音堂を刻む石碑(文化6年(1809)8月8日)。猿田彦大神と庚申塔...

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蝉坂 & 西方不動尊 (東京都北区上中里)

上中里へやってきました。駅前から大きく湾曲しながら上る坂道が蝉坂です。蝉坂標柱より。『六阿弥陀道の途上でもある蝉坂という名称は江戸時代の後半にはあったようで、幕府の編纂した地誌「新編武蔵風土記」上中里村の項に「平塚明神ノ傍ニアリ、登リ三・四十間」とあり、このあたりから平塚神社の参道に沿って約54mから72m余を登る坂道だとあります。坂を登りきって少し歩くと日光御成道と合流しますが、西ヶ原一里塚の方向...

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磐境神社 (深浦町岩坂長谷野)

かつての岩坂村で、天和年間における岩坂村は大童子・岩坂新田・石動の3ヶ村の総称でした。御祭神は伊邪那岐神、伊邪那美神、保食神、大山祗命。享保3年(1713)再建の稲荷神社(大童子)が、元和2年(1616)勧請・元禄12年再建(1699)の熊野宮(石動)と山神宮の両宮を合祀し、明治40年に磐境神社へ改称。岩坂三村の産土神として篤く崇敬されております。本殿。狛犬一対。馬頭観世音。末社稲荷宮。夫婦杉(幹周...

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大巻稲荷神社 (鶴田町大巻)

かつての大巻村。御祭神は倉稲魂命(保食神)。縁起として「当社は津軽藩士関甚左エ門なる者、慶長年間南部家の圧制を避け本村内僻地に潜居、漸時田圃と開墾し遂に一部落為すに至り、自家崇敬の熊野宮を以て一時氏神とし奉仕の処、開拓巧竣り数十戸の部落となりて全村協議を以て更に護穀神として現今の稲荷神社を建立したものなり」とあります。安政2年神社書上帳によりますと、宝暦7年(1757)産神に祭るとありますが、これは...

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矢田日吉神社 (青森市野内山王林)

御祭神は大物主神・大山祇神・事代主神。寛永17年(1640)勧請。山王林に鎮座。明治6年3月に宮田村八幡宮に合祭するも同8年2月に復社。同9年12月村社。貞享4年検地水帳によりますと、山王林が見え、同地区に山王堂・境内山1町3反余があります。神仏混淆神社調帳によりますと、明治初年に日吉神社に改称を願い出るも叶わず廃社とあります。明治6年から8年にかけては宮田八幡宮に合祀されており、現在は日吉神社です...

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大山祇神社 ・ 神明宮 ・ 大日如来 ・ 弘法大師 (弘前市湯口)

棺森山の北、大森山と立構山を直線で結んだ中間、栩内川上流、川沿いに鎮座。元禄15年の堂社縁起修験道由緒に「湯口村山之神宮東覚院」とあります。元禄11年(1698)、湯口・悪戸両村にて建立。本堂の横に大山祇神社(山の神様)。小さなお堂ですが丁寧に祀られています。ちょうど私が訪れた際にも参詣に来ている方々がいました。様々な方々に崇敬されているのがわかります。一之鳥居は昭和51年4月12日に寄贈されたもの...

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宝竜大権現祠堂 (弘前市相馬字松の木)

旧相馬村。野脇橋から見える木の麓。川沿いに鎮座。明治10年建立と伝えます。元は桐の木沢と共同で造営にあたりましたが、今は向山の氏子で奉仕。平成16年11月29日、堂宇建立の棟札(施工:弘前市下湯口、石岡祐治)。鳥居奉納は昭和34年旧2月8日。絵馬等。昔からこの付近の蛇は神の使いだから殺してはならないと代々言い継がれているそうです。ブログ村ランキング参加中

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大木平大和神社 (平川市切明滝の森)

大木平は標高が高く、高原野菜(南八甲田高原野菜)の名産地となっています。大木平小中学校(廃校)横にあった碑…『我等が大地』。隣には校歌(作詞:小野清勝)。ちょっとした森の中に建つ鳥居。小高い丘になっています。境内には特に何もありませんでした。御祭神は天照皇大神・大山祇大神。例祭日は7月12日。宮司はこの地に入植した工藤家が務め、後に生家の田舎館堂野前八幡宮を継いでいます。「奉祭天照大神大山祇大神開墾...

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貴野神社 (深浦町風合瀬大磯)

御祭神は迦具土神(軻遇突智命)。創建年月日不詳。明治6年村社。晴山の産土神として崇敬されています。狛犬一対。本殿。ブログ村ランキング参加中

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