八坂神社 (秋田県山本郡藤里町)
石橋を渡ります。参道正面石段には2本の御神木が門のように構えております。八坂神社は秋田県山本郡藤里町矢坂冷水岱に鎮座。御祭神は天照皇大御神、豊受姫大神、素盞雄命、大山祇之神、邇々芸命、少那彦那命。矢坂の産土神社は、八坂大神(素盞雄命)を祀り、数百年を経る古い神社でした。八坂台地内に鎮座。後に申子神社(猿子社、山王宮ともいう)とも呼ばれるようになります。嘉吉3年、八酒村素盞堂脇(矢坂産土神社の旧名)に...
View Article八坂神社 (田子町山口)
田子町山口大坊。秋田街道(国道104号)沿いに鎮座。狛犬一対。石灯籠一対(平成8年8月吉日・道前部落一同)。手水石。こちらは少々読み取りにくかったのでちゃんと見ていません。社殿。かつての山口村で、三戸通神社仏閣地名書上帳によりますと、家数44、人数160(男84・女76)、枝村の嘉沢は山桑の自生していた沢地、道前はドウと呼ぶ潅漑用水路に因む地名、大坊は当地を旦那場とした羽黒修験の大坊のあった地と推定...
View Article萩中神社 (東官守稲荷神社 / 東京都)
一の鳥居のライト付の貫…ありそうで見たことなった(笑)しかも貫だけ新しいものですね。天祖神社。御祭神は天照皇大神、豊受姫大神。例祭日は8月第4土日。羽田神社の兼務社です。草創不詳。萩中村は荏原郡六郷領のうちで、江戸時代後期より神社として神明宮がありました。この神明宮が当萩中神社です。本殿覆屋。手水舎。石灯籠一対。旧台座:紀元2600年記念。昭和15年9月吉日奉納。新台座:紀元2672年(平成24年)...
View Article貴船神社 (平内町田茂木)
御祭神は暗おかみ命。昔の人たちは十和田様を呼んでいたそうです。どこからか水が湧いているのか、足元が結構水浸し。狛犬一対。台座には昭和19年10月20日の紀年銘がありました。元禄2年(1689)に字保田平に甚九郎が勧請。享保11年4月に字壁沢に移転遷座(造主甚九郎、施主外山三郎外村中)。明治6年3月村社。明治40年5月に現在地の部落有地に移転遷座。大正8年10月本殿及び拝殿新築。昭和49年7月24日幣...
View Article根井神社 (秋田県大館市)
秋田県大館市花岡町根井下。かつての花岡村で、村鎮守神明社のほか、稲荷社、安倍氏ゆかりの根ノ井権現、繁村の虚空蔵などを祀ります。また曹洞宗岩本山信正寺及び修験万行院があり、信正寺本尊の千手観音像は領内巡礼33番札所として信仰を集めました。参道途中にある建物内には大きな馬。馬頭観音社かな。本物の馬のように大きいです。参道石段。参道石段途中の左の建物。境内社として鍾馗社、太平山神社、馬頭観音社があるとのこ...
View Article源宝院 (東京都港区)
源寶院。東京都港区芝大門。浄土宗系単立寺院の源宝院は、増上寺第12世存應の弟子である一蓮社立譽上人如應秀白大和尚が天正年間(1573-1593)に創建。慶長3年(1598)に増上寺が現在の芝に移転し復興した当時からの増上寺子院。関東大震災による火災で本尊仏を残して悉く全焼。現在の堂宇はその後建築されたもの。鉄筋コンクリート造2階建。1階部分は庫裡。ブログ村ランキング参加中
View Articleお台場の石垣石 (東京都港区)
東京都港区芝公園3丁目。芝公園外周ランニングをしていましたら、御成門の向かいほどに石があるのを見つけました。『お台場(内海御台場)は、嘉永6年(1853)黒船来航により、幕府が急きょ築造した海上砲台です。未完を含め7基の台場のうち、国の史跡指定を受けた、第3と第6の2基を残して、その他は解体、埋め立てられました。この石は、その時、第5台場(現・港南5丁目)から移されたといわれています。伊豆周辺から運...
View Article蒼前神社 (田子町相米)
鳥居の前にあった石。狛犬一対。かつての相米村で、相内村とも惣米村とも記されます。こちらの蒼前神社については由緒等調べていません。立派な社殿です。拝殿蟇股・木鼻。拝殿内。両脇には馬牛の絵がたくさん見えました。見えた範囲ではほぼ牛でしたが。正面にはフェラーリの跳ね馬に類似したかっこいい馬もおります。神前幕には「蒼前神社・昭和55年8月19日」とあります。例祭日は旧8月19日っぽいですね。幣殿・本殿。本殿...
View Article神明社 (大館市小館花)
奉納記念碑(昭和58年8月10日・氏子一同)。社号標。狛犬一対(平成13年2月1日)。庚申塔。弘化3年10月(1846)。庚申様移設記念…『弘化3年、当時の小館花の安泰を願う奇特な先人のご尽力により安置され、以来永き風雪に耐えて地域の人々の健康と平和を守り続けて来られた。この度の移設に伴い、尚、永く行く末の地域の安泰を願いつつ先人を讃え感謝を込めて、小館花郷中一同の思いを表す。平成27年9月10日』...
View Article木之花咲屋姫尊 (七戸町)
市ノ渡のバス停横に鎮座。鎮守の森に囲まれています。由緒はわかりませんでしたが、御祭神は木花之佐久夜毘売(※漢字は色々あります)かと思われます。鳥居には「木之花咲屋姫尊」。神社名というか…神名です。社殿。丸い窓がオシャレです。社殿内。石灯籠一対。狛犬一対(昭和38年4月12日・市ノ渡村)。ブログ村ランキング参加中
View Article山祇神社 (平内町東田沢野内畑)
『青森の伝説(森山泰太郎・北彰介)』によりますと、「半島のほぼ先端に近いところに、東田沢という漁村がある。この海岸にある小島は、朝と夕方では姿が変わって見えるという。それで化島とよんだ。形の大小はもとより、遠くなり近くなり、また濃く淡く見えるなど変化するさまは、生き物のようだといわれた。この島の変化で、村人は天候を占ったという。」とあります。興味のある方は朝から夕方まで見つめていてください(笑)さて...
View Article毘沙門天 (三戸町)
三戸町二日町。初めは二日町旧東北電力三戸出張所の場所に建っていました。創建不詳。明和4年の二日町屋敷書上帳には毘沙門社として記されています。文化13年に同毘沙門屋敷を他へ売却してしまいました。しかし御堂はそのまま建っており、天保9年4月16日の火事で焼失。二日町町内の松尾紋左衛門、種市和蔵(土橋酒屋)、伊勢屋与七郎、同五兵衛(五九酒屋)、同新右衛門、若松屋庄助の6人で、銭五十貫文を負担して焼けた屋敷...
View Article秋葉神社 (三戸町)
下二日町南側。下二日町(下町)町内の人たちによって祀られています。御祭神は秋葉三尺坊大権現と言われますが詳細不明。秋葉権現は秋葉山の山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神で火防の神です。「遠州秋葉山本地聖観世音三尺坊略縁起」では秋葉三尺坊大権現と称し秋葉権現は三尺坊であると説きます。観音菩薩を本地仏とし、その姿は飯縄権現と同じく白狐に乗り剣と羂索を持った烏天狗の姿で表され、75の眷属を従えると伝えま...
View Article茂市稲荷神社 (田子町)
三戸郡田子町茂市。鳥居をくぐると最初は畑ですが、途中で参道らしくなります。安政3年「三戸通神社仏閣地名書上帳」によりますと、堂社は蒼前堂と法呂・稲荷社があります。また桜館という城館跡があり、これは茂市館のことです。当神社の由緒等は調べていません。狛犬一対(稲荷神社新築記念・昭和31年旧7月3日・茂市青年団一同)。社殿。向拝。蟇股。木鼻。脇障子。拝殿入口。拝殿内。拝殿前石燈籠一対と手水石。茂市稲荷神社...
View Article法呂稲荷神社 (三戸町)
三戸町久慈町。アップルドーム裏手。御祭神は倉稲魂命。創建不詳。例祭日は8月19日。境内地558坪、本殿1坪、幣殿2坪、拝殿8坪。もとは熊野神社(川守田町)の摂社でしたが戦後独立の神社となりました。宗教法人の届出の書類には、元法呂大権現と敬称してきましたが、久慈町の氏神として崇拝し、神社設立と同時に法呂神社と改称。丘へ上って行くような感じの参道。参道途中の小祠。高山龍神宮大麻があります。祠の下に大黒様...
View Article松森八幡宮 (青森市)
御祭神は誉田別命。草創は不詳。貞享4年検地水帳によりますと松森村に八幡社地と明神社地が見えます。地内福田の八幡宮は寛永3年(1626)5月村中にて五穀成就のために再建。明治初年に一時戸山村砥山神社に合祀されるも後に復社。手水鉢。石燈籠一対(昭和19年9月15日)。狛犬一対(昭和12年旧4月15日)。八幡宮と刻んだ記念碑。御神馬(祈武運長久・昭和15年)。帰りは川よし(特上)からの~喫茶マロンからの~...
View Article馬頭神社 (十和田市三本木中掫)
国道102号線沿い。広瀬橋の近く(中掫の船渡場(江戸~明治)跡付近)。一の鳥居の横の石。一の鳥居の横に十和田山の碑。「安政6己未年8月吉日・江渡音藏」。十和田山の碑…『南部盛岡藩士・新渡戸傳は三本木原開拓を決意し安政2年(1855年)4月、開拓願書を藩に提出した。8月に許可され三本木新田御用掛となり工事に着手した。稲生川用水の掘削中は中掫の江渡屋忠兵衛宅が宿舎兼開拓事務所となり、矢神にも飯場が建てら...
View Article釜淵観音堂 (田子町)
田子町田子七日市。釜渕観音堂とも書きます。釜淵観音堂…『創建年代は明らかではないが、修験大法院の寛政6年寅10月(1794)「修験系図書上覚」によれば、文禄元年(1592)初代大法院以来、第6代法寿院まで釜淵正観音の別当を務めたとあり、銀杏の大木とともにその古さがしのばれる。享保7年(1722)当七日市出身の八戸大慈寺六世奇峯学秀がここで千体仏を完成している。糠部三十三観音の27番札所であり、その御...
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